「釣れる」と「売れる」の 相似関係

VOL.287 / 288

黒田 健史 KURODA Kenshi

プロアングラー
1985年生まれ。静岡県浜松市出身。国内最高峰のバスフィッシングトーナメント『JB トップ50シリーズ』に参戦する他、地元浜名湖でのシーバス・クロダイ(チヌ)フィッシングなどにも精通するマルチアングラー。シマノ、メガバスなど国際的なフィッシングブランドのフィールドテスターも務める。

HUMAN TALK Vol.287(エンケイニュース2022年11月号に掲載)

ヒューマントーク史上初「釣りのプロ」が登場です。
エンケイと同じ浜松が地元のプロアングラー黒田健史氏。
魚釣りと商品開発、双方に関わってきた氏が語る
釣り方そして売り方の極意に迫ります。

「釣れる」と「売れる」の 相似関係---[その1]

 子供の頃は家の裏にバイクのコースがあって、学校が終わってから家に帰るのが嫌でしたね、毎日バイクに乗せられるから(笑)。小学校3年生くらいからはそんなバイク三昧の日も終わり、よく釣りに行くようになりました。最初はハゼ釣りだったかな、どこにでもいる釣り少年ですよ。時代は‘90年代後半、ブラックバス釣りブームの頃でテレビでも芸能人が番組でバスフィッシングをしていたりして、自然にルアーやバス釣りに興味が向いていきました。近所の野池から始まって、自転車でどこへでも行きました。高校生の頃は毎週愛知県との県境まで釣りに行っていたので、自転車のタイヤが擦り減ってしまって毎年交換するほどでした。

JBトップ50で念願の初優勝を飾る

幼少期の自宅にて(右が黒田氏)

高校日本一からバスプロへ

 高校当時、フィッシングインターハイという大会があって、2年生の時に高校日本一になったんです。ただ、その頃は釣りがメインの仕事ではなかなか生活するのは厳しいだろうなと思っていたので、普通の4年制大学に進学しました。でも大学に通いながらもバスフィッシングは続けていて、日本のバスフィッシング界の頂点であるトーナメント『JBトップ50(当時はJBワールドシリーズ)』の参戦権を取れたらプロになろうかなと思ってました。だけど、取れなかったんですよ(笑)。それで、大学を卒業してからは地元の輸送機器系のメーカーに就職したんですけど、その年に『JBトップ50』の参戦権が取れてしまったので1年も経たずに退職したんです。親には事後報告だったんで、まぁ怒られましたね(笑)。
 で、2009年からはプロアングラーという名の無職です(笑)。実際トーナメント(JBトップ50)の賞金だけで食べていくのは難しくて、本当に賞金だけで食べていけた人なんてこの10年で2人くらいかな、1000人くらいの中でね。その方達も「その年は」という注釈が付きますから、事実上不可能と言ってもいいです。
 だからプロアングラーは僕を含め賞金だけでなく、スポンサーとの契約金、商品のプロデュース料、媒体メディアへの出演料などで収入を得ていることがほとんど。現在では僕もなんとかやっていけてますが、2009年の駆け出しの時でいえば賞金は水もの、契約金なんか無いに等しいくらいの微々たるもの、若手のうちは商品プロデュースなんて仕事は依頼が来ませんし、雑誌に出ても若手はアルバイト代程度ですよ。だからシーズンオフの期間はアルバイトしてお金を稼ぐしかない。僕はプロになってからも、カフェで3年くらいはバイトしてましたから。シーズンインの時に100万円持ってないとワンシーズン持たないので、オフのバイト期間でなんとか貯めるわけです。当時は相当働きましたね。だから2〜3年のうちにある程度収入を得る方法を見つけていかないと、トーナメントに出場し続けるのは難しいんです。

全日本高校バスフィッシング大会で日本一に

アングラー兼商品開発者になる

 僕がアルバイトしなくても生活できるようになったのはプロになって4年目から。その時からメガバスさん(浜松に本社がある世界的な総合ルアーメーカー)に就職したんです。メガバスさんとは元々プロ契約をしていたご縁もあって、うちで働かないかってオファーをいただいたんです。プロアングラーとしてトーナメントに出場しながら、ルアーやロッドを作る開発業務をするという実業団プロみたいなものですね。
 メガバスに在籍していた5年間で発売されたルアーはほとんど僕がテストしましたね。プロダクトの開発に従事しながらトーナメントに参戦するという事は想像以上に大変で、やっぱり僕も在籍中の5年間のうち2年間はトップカテゴリーから落ちましたから。
 でも、なんとかお金を稼げる人間にならないといけない、だからこれは競技以外のノウハウを身に付ける期間なんだと捉えていました。実際、商品開発の現場を体験し、物やお金の流れを知れたことは、今の僕にとって役にしか立っていないと思いますね。そこで得た知識やスキルは競技に没頭しているよりはるかに価値がある、いい経験をしました。

氏が開発に携わった数々の名ルアー

HUMAN TALK Vol.288(エンケイニュース2022年12月号)に掲載

「釣れる」と「売れる」の 相似関係---[その2]

 バスプロの花形のシーンって釣った魚を掲げている姿じゃなく、どデカい車でいかついバスボートを引っ張っているシーンだと僕は思うんです。一番カッコいいのは竿でもリールでもなく車とバスボート。バスプロの顔ってそこだと思うからこそ、そこに気は使います。エンケイさんとの出会いも、僕が出場している浜名湖のオープントーナメントにエンケイの方も出られていたご縁からで、それからのお付き合いですね。エンケイさんとしてもさまざまな世界で活躍している人に提供して市場を広げたい狙いがあり、そこで僕の車にもホイールをご提供いただいたというわけです。

かつてはランクルでバスボートを牽引していた

現在ボートを牽引する愛車タンドラにもエンケイ製ホイールが光る

セルフプロデュース力が 商品価値を上げる

 ルアーフィッシング業界は2000年前後をピークにどんどん落ち込んでいます。そんな業界で、どうやったら売れるのって聞くとみんな口を揃えて「若い子の釣り人口を増やそう、まずはそのお父さんに釣りを普及させよう」って言う。それももちろんそうかもしれないんですけど、僕は他に二つあると思います。
日本は人口が減っているんだからそこはしょうがない。だから例えば中国や他の国など、人口の多い海外のマーケットに出る、それが一つ。もう一つは一人当たりの釣りにつぎ込む金額を上げてもらうということです。これまで釣りを楽しんできた人に、もっと楽しんでもらう。よく「安いことが正義」って言いますが、長期的に見れば誰も得しません。適正なものを適正な価格で売るってことをしないと、どんな業界でも破綻しますよね。
僕がプロデュースした「フクロウ」というルアーがあるんですけど、相場価格から比べると2割ほど高いんです。それでも「あの黒田が作ったんだから釣れるルアーに違いない」と言って買ってくださるお客様がいらっしゃいます。そこで大事なことは「あの黒田=どんな黒田なのか」を世の中にプレゼンテーションすることだと思います。釣りに対するポリシーや実績、ルアーに対する考え方などを世の中に対してアピールすること。つまりセルフプロデュース力ですね。そのために僕もユーチューブチャンネルを作ったり、ウェブサイトやSNSなどで逐一自らの考えや釣り方などを発信しています。買ってくださったお客様はきっと僕のそういうところも評価してくれて、たとえ少し高くても買ってくれていると思うんです。
売価が高くてもその金額差を埋めるのが「誰が作ったのか、どんな考えを持った人やメーカーが作ったのか」の部分、それが付加価値になる。趣味性が高いものほどそういう傾向にあると思いますね。

地元浜名湖では釣りのガイドも行っている

魚を釣ることと商品を売ること

 「どうすれば魚が釣れますか?」と聞かれるといつも「魚になることです」と答えます(笑)。
みんな自己中なんですよ。僕らのゴールって魚を釣ることなんですね。だったら魚から考えるしかないじゃないですか。それなのにみんな自分から考えたがる。「このルアーが釣れる」「このロッドの感度がいい」などなど、そんな釣り人側の事情は魚からしたら関係無いんですよ。そんなことより、今どこにいるのが心地いいか、今何を食べたいかって魚は考えているはずなんです。結局相手(魚)のことをどれだけ考えられるかじゃないでしょうか。だから「魚になれるやつ」が強いんです。でもこれ〝魚〟を〝消費者〟に変えて〝釣れる〟を〝売れる〟に変えればどんな商売でも同じですよね。
 トーナメントで勝つ釣り方ってその時一番釣れるパターンじゃないんです。そんなパターンは簡単にみんなが見つけるから、簡単に釣られて最初に全滅するんです。だから他の人にはちょっと見つけづらくて、ちょっとだけ破壊力があるパターンが優勝パターンだったりするんですね。みんなと同じ攻め方でせめぎ合うよりも、一人だけ違うパターンで違う魚を釣る、その方が勝つ確率が上がる。これもどんな商売でも同じだと思います。
 僕は自分で釣りの才能が無いと思っているので、その部分を他の人よりも真剣に考えたのかもしれません。自分が売り物だからこそ、結果を出して憧れられる存在にならなければいけないと日々思っています。

舳先のモーターで慎重にポイントへアプローチ

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